EPISODE.04【魔法】
「おいおい、こりゃ本当に便利だな……」
前通った時よりも幾分か早い速度で森の中を歩いていく。安全確認の時間をある程度省略できるようになったのは、間違いなくこの便利すぎるアプリのおかげだ。
このアプリは何でもできる。あまりに何でも出来過ぎて、この【マッピング】アプリという名称は明らかに間違っていると思った。というか本当に間違ってた。
「マッピング」と唱えて色々アイコンを押してみると、その中にアプリについてのバージョン情報や細かい規約などが載っている項目があり、そこには【
SEEKERS】総合アシストアプリケーション【
天々】という名称が書いてあった。
何でも数ある【SEEKERS】専用アプリの中でシェアNO1を獲得しているらしく、最初は使いやすいマッピングアプリとして登場したが、そこから数々の機能を付属していき、現在は総合アシストアプリとして活躍中とのこと。
地図が大きな発展のきっかけとなったところは某有名検索エンジンの会社と似ているのかなと思ったが、この【SEEKERS】アプリの始まりは三十万年以上前と記載されており、何の冗談だよと笑ってしまった。
ちなみに
人工知能を使ったナビゲーション機能などもあるようだが、俺の使っているアプリにはその人工知能を起動させるであろう場所にアイコン自体が表示されてなかった。恐らく予想だけど、これを使うと冒険中の全情報を【SEEKERS】と共有することになると規約にあったので、初めから人工知能ナビゲーションのないバージョンを使っているのかも知れない。
「やべぇ、これめっちゃ楽しいな……次々に空中に文字が浮かぶなんて、現実がゲームみたいだよな」
危険察知もできる情報解析機能を試しながら進んでいく。視覚に次々と現れる植物の詳細情報を流し読みしながら、食べられるものがないか探す。その間も空中に浮かぶパネルには、自分のボディコンディション、索敵レーダーのようなもの、上空から見た自分の姿などが写っている。
「しかしこのテレパシー知覚ってのが完全には使えないのは痛いな。これ使えたら半径三十メートルの全情報が常時把握できるらしいから奇襲に合うことが完全になくなるのにな……」
剣で小枝を払いながら、ため息をつく。このテレパシー機能は現在30%程しか機能していないらしい。このアプリが正式版じゃないからなのか、俺に力が足りないのか、師匠がそう指示したのか、理由は幾つも思い浮かぶ。もしこれが使えたなら、背後からの攻撃も目をつぶったまま対処できるのだそうだ。
「まぁ、音声支持機能は制限付きで使えるから色々試して便利にしていくしかないか。【天々】、ボディコンディションを詳しく表示してくれ」
そう呟くと一つのパネルが手前に出て大きくなり、自分の様々な身体情報を提示してくれた。
人体図には筋肉量から体の部位ごとの異常の有無、トータルバランスなんかも色んなグラフで解説してくれる。特に面白いのはSEEKERS内の筋肉量の順位とか、自分が【SEEKERS】全体の中でどれぐらいの強さレベルなのかもクラスで分けて表示してくれる。あれ、これオンラインなのか?
「この順位表だと、俺の強さは十段階中、十位。つまり最低ランクと言うわけか。この体って腹筋割れてるし結構筋肉付いてる感じがするんだけどな……」
俺が覚えているかつての体は、痩せてはいたが多少下腹もたるんできており筋肉とは無縁の状態だった。しかしこの体は理想的細マッチョと行っても過言ではないほどだし、肌もきめ細かくて若々しい。正直結構強そうに見える。
「ほくろの位置とかは変わってないようだけど……ほんと、自分の体じゃないみたいなんだよな」
重い剣も振りなれたものであるかのように左手一本で結構振れる。これでも最低クラスの力としか判断されないのであれば、【SEEKERS】の人たちは途轍もない化け物だらけなのかもしれない。いや、そもそも人族だけとは限らないのだろうけど。
剣を前方に突き出したまま進んでいると、レーダーのような画像のパネルに光る点が現れ、頭の中でピピッと音がした。すると直ぐに目の前に新しいパネルが現れ、森の風景が表示された。
「これは……蛇、かな? 虫みたいな足があるな……」
どうやら危険察知機能で半径三十メートル以内に入った危険生物を表示してくれてるようだ。名前はモーディと言うらしい。毒はないと書いてあるが肉食で好戦的とのこと。見つかると集団で襲ってくるらしいので、注意しろと書いてある。
「結構ヤバいやつだな……先を急いだ方が良さそうだ」
少し早足で移動する。途中レンバス麦という食べられる植物を見つけたので、カバンに入るだけ採って先を急ぐ。
しばらく進むと見覚えのある丸い穴と滝の音が聞こえてきた。あの湖だ。
「上から見ると地下に水が流れ込んでる感じなんだな。湖で洞窟を見た気がしたから住むには丁度良いかとも思ったけど、この地形じゃ雨の日にどこまで水位が上がるか予想つかないな。それに夜はかなり冷えそうだ」
眺めていると色々問題点が浮かんでくる。とはいえ他にいい場所を探すにも今日は時間がない。まずは下に降りてちゃんと環境を確かめた方が良いだろう。せめて今日一日だけでも凌げたらこちらは万々歳なのだ。
とりあえず近くに落ちてる大ぶりの枯れ枝や木の葉を集め、それらを抱えたまま湖まで降りる。
下まで行くと、出ていった時と変わらない静かな湖がそこにはあった。
「よし、あの恐竜モドキはいない。それに向こう岸の岩棚の辺りに洞窟があるな……見た感じ高い位置にあるし結構草花も育ってるみたいだから、あそこなら多少雨で水位が上がっても大丈夫かもしれないな」
早速じゃぶじゃぶと音を立てつつ岩棚に近づく。到着すると岩棚の表面は土とフワフワした『ガーべ』と言う名前の小さなハーブに覆われており、かすかに甘い匂いがした。
他にも一本の小さな木が生えており、六畳くらいの岩棚を半分ほど木陰にしてくれている。
木には実もなっていたがこちらはあまり食用には適さないらしい。ただその実には外傷に効く薬効があるようだ。ナノマシン入りの肉体を持つ俺にはあまり意味がないかもしれないが。
とりあえずさっき採ってきた枯れ枝や木の葉を洞窟前の土の上に置く。洞窟を見てみると中はかなり広くなっており、下の方へと緩やかに続いている。地面には白い砂と小さな岩が少し転がってるだけのようなので、入り口近くなら寝るのも歩くのも問題なさそうだ。
「まるで
誂えたような快適さだな。入り口が狭いからバリケード作れば安全かもしれない。いや、逆に逃げられなくなる可能性もあるかな? やばいのが近づいてきたら水の音で分かるだろうし、【天々】の警戒アラームもある。恐竜モドキは滝壺までは追ってこないからこのままで良いかも知れない。
でも火を起こすのは外じゃないと駄目だな。寒さ対策を何か考えないと……」
外に出て先程カバンに入れたレンバスとかいう植物を見てみる。詳細の項目から料理の一覧を開くと、沢山のレシピが表示された。
一番人気はシンプルですぐできる厚めのせんべいのような調理だった。名前はそのままズバリ『レンバス』。『指輪物語』でアールブが食べるとか言われてるあの有名な携帯食と同じかどうかは分からない。あれはトールキンの創作なので本当にあるなんてことはないと思う。
他にお好み焼きのようなものから、砕いてオートミールのようにお湯で食べる方法など色々ある。
栄養素がかなり豊富なので、ビタミンC以外なら大体入っている気がする。
「オートミールみたいな穀物なんだろうけど、一粒一粒が結構でかいな。脱穀ともみすりをどうにかしないとな……まぁ、お粥みたいにして食べるなら、潰れたり割れたりしても問題ないか」
現状では原始的で気合の必要な方法しか思いつかない。今日直ぐにこれを食べるのは無理なので夜の暇な時に準備だけしておこう。今晩のところは魚を採って食べるしかない。
カバンの中のレンバスと他の道具を洞窟の隅に置いておき、カバンと剣だけを持って外に出る。
湖の中に入ると結構沢山の魚が泳いでいるのが見えた。魚は擦れてないし、外敵が少ないのかじっとしていれば足元をゆらゆら泳ぐものもいる。まずは剣で何とかできないか試してみるしかない。
ゆっくり上から剣を近づけ、少し投げるように突き刺す。三回ほどのトライで一匹の魚を突き刺すことが出来た。突き刺すと言っても剣は幅があるので、お腹をがっつりと裂くことになったが。
「意外と捕れるもんだな。今日はこれだけにしとこう。魚は沢山いても有限だし、考えてみれば塩もないからな……」
魚を水と一緒にカバンに入れて岩棚に上がる。丸みを帯びた丁度いい岩をバシャバシャ水で洗い、魚を乗せる。【天々】を使いながら魚の部位を調べつつゆっくり捌いていく。お魚屋さんにはとても見せられない手際だ。
多少時間が掛かったが、魚の内臓は捨てて二枚の切り身が完成した。
次に剣で二本の木枝の皮を剥ぎ、串を作る。その串に魚の半身を突き刺して完成だ。味付けなどは勿論ない。
「さて、問題は火だな。火起こしは中学時代の課外授業で一度やったことがあるけど、手だときついんだよな……せめて糸があれば良いんだが……」
そんなことを考えていると、空中にパネルが現れ姉弟子が表示された。
「お、やってるねぇ。今晩はお魚かな? 私はみたらし団子だったよ」
「姉弟子よ、そういうの性格悪いと思うぞ」
「おお、悪い悪い。悪いのでお返しに良い情報を一つ。何か欲しい道具はあるかい? 簡単なものなら寝てる間に私が作っておくよ」
「作る?」
聞き返すと、姉弟子は「人体よりは早いよ」と笑いながら答えた。どうやら例のナノマシンというやつで作るらしい。
「それはめちゃくちゃありがたい。でもどのくらいの物が作れるんだ? 俺としては今一番欲しいのは火と鍋と靴なんだけど……」
「……服も入れようよ。う~ん、鍋ならその後ろに見える洞窟の石の成分によってはすぐかな。靴はわらじよりマシくらいなものなら明日の朝までには作っておくよ。ちゃんとしたのなら最低限の材料を揃えた上で一日欲しいかな。作ったことないし。
火は……自分の力でつければ?」
どうやら万能ではないらしい。とはいえ鍋みたいな技術が必要なものを作ってもらえるなら、これほど嬉しいことはない。
「ありがとう、姉弟子。でもやっぱり火は無理かぁ。火起こしにせめて糸くらい欲しかったんだけどなぁ……」
「糸くらいなら作るのわけないよ。繊維の多い草集めてトオル君の血を掛けてくれれば三分で大量に用意できちゃうから。でもそうじゃなくて、君は別に何も使わなくても火くらい付けれる筈だよ?」
「えっ? 何も使わなくても火が付けられるの?」
そんな素晴らしい魔法があるなら教えて欲しい。
「そこの葉っぱと枯れ枝の置いてあるところに行って焚き木の用意をしてごらん。ああ、お魚の用意を忘れずにね」
言われた通り洞窟前に焚き木のスペースを用意し、魚の半身が付いた串を地面に二本突き刺す。
姉弟子は「もっと火から離さないと黒焦げよ~」と茶化しながら余裕の表情。本当に火が付けられるのだろうか。
準備を終えると姉弟子が掌を木の葉に向けるよう支持する。俺は半信半疑なまま言う通りにする。
「じゃあ、トオル君。まずはそこに胡坐を掻いて目をつぶってごらん。そして目の前の木の葉の中で火花がチラチラと燃えて、煙が出てくるの状態を想像するんだ。体の方は私が少し手伝ってあげるから君はじっとイメージに集中して」
しばらくすると、次第に体が熱くなってきた。特に背骨の腰、胸の中央、おでこの三箇所だ。次に姉弟子の優しい声が頭の奥から聞こえ始める。
「じゃあ、ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐き出して。そう、君はただ燃える火の粉を見るだけでいい。膝のあたりが暖かくなってきたでしょ? ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて――」
次第に意識がボーッとしてくる。目の前には飛び散り始める火の粉。次第に大きくなり、煙が木の葉の隙間から立ち上り始めるイメージが浮かぶ。それを他人事のように眺めていると――
「はい、終わり。火が着いたよ?」
その言葉でハッと我に返ると、枯れ葉から煙が出ており火が枝へと燃え移るところだった。
「えっ、はいっ? 何がどうなって……」
理解が追いつかず驚愕していると、姉弟子が笑う。
「ふふふ。三分二十秒ってところね。これじゃ遅すぎて駄目だわ。これからは夜の暇な時間は今の体と意識の使い方を思い出して練習することだね。意識の切り替えをスムーズに行うためには、言葉を使うといいらしいわよ。いわゆる呪文詠唱ってやつね。クックックッ」
何でもないことのように姉弟子は話しているが、今のは流石にちょっとビビる。
「これもナノマシンの力なのか? それとも魔法ってやつなのか? 一体どういう原理でこんなことが……」
「これは君の生命エネルギーと意識の同調を使った次元操作のテクニックだよ。私が誘導するためナノマシンを使ったことは事実だけど、ナノマシンそのものが火を作り出したわけじゃない。君の意識が結果を形にしただけ」
さっぱり意味がわからない。でも一つ分かるのはこれは一般的に魔法と認識されてるやつと同じだ。
「別に魔法でも特殊気功でも超能力でも好きに呼べばいいと思うよ。悪魔との契約とか代償とか必要ないけどね。ただ意識には元々そういう次元、可能性に作用する力があるんだよ」
「次元に作用する力……」
「そう。次の元となる世界。生命エネルギーの変換と星の意識と同調するための集中力が必要だから、そんなに好き勝手使えるわけじゃないけどね。その辺は高次元の惑星管理者が上手いこと調整してるから、制限も当然受ける。そっちの星の制限は地球よりかなり緩いけどね」
何だか自分の手を見て笑ってしまう。こんなことができるなんて思っても見なかった。そういえば地球でこういった不思議を紹介するテレビ番組を何度か見たことがあった。アレの中には本物も混じっていたのだろうか。
「次元って別の世界っていうか、重なってる世界を意味する言葉じゃなかったっけ? 量子力学とかで出てくるやつ」
「うん。それで合ってるよ。ただ君たち人類はまだ入り口を知ったに過ぎないんだよ。可能性も、次元も、意識も。それらの繋がりを知るにはもう少し時間が必要かもね」
何だか姉弟子が格好つけてる気がする。少し厳かな言い回しをしてる辺り、中二病を発症しているとみていい。
「まぁ詳しいことは夜にでも師匠に訪ねてみるといいよ。今夜君に会いに行くと言っていたから、何か指示があるんじゃないかな?」
「えっ、会いに行くって、ここに……?」
「うん。実際にその星に行くわけじゃないだろうけど、まぁ師匠は特別だから面白いものが見れるんじゃないかな」
一度も会った記憶がない噂だけの師匠。正直、龍人という宇宙人だって話だし、会うのが少し怖い。とはいえ俺をここに送った責任者的存在だし、支援も受けてしまっている以上会わないという選択肢などない。俺の命運は間違いなくその師匠とやらが握っているのだ。
「……分かった。とりあえず俺は魚を食べた後、次の日のご飯の用意でもして寝るよ」
「そっか、了解。師匠は怖いとこもあるけど、基本身内に優しいから緊張はいらないよ。まぁ頑張ってね~」
その言葉を最後に、姉弟子との通信は途切れた。食事の邪魔をしないとは中々の心がけだ。
その後、俺は意外とそのままでも美味しい魚を食べてから追加の落ち葉や枯れ枝を集めて回った。夜の水辺がどれほどの気温になるか分からないので、大量に用意して備えるためだ。
夜はそれから直ぐにやってきた。
暗くなってからレンバス麦の作業をする予定だったが結局嫌になって止めた。いきなり変な世界にやってきてその初日だからというのもあるだろう。思ったよりもソワソワして何もやる気にならなかった。
俺は寝る直前まで今日の夢のような現実を振り返りながら、ただ何をするでもなく火を見つめて過ごした。
もしかしたら姉弟子はそんな俺を見越して、早めに通信を止めてくれたのかも知れない。ふとそんなことも思った。