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災禍の天秤1-03

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「紫の川」
第一章 §1-02

「なぁ、姉弟子。先に確認して置きたいんだけど……あの紫の雪と黒い森が何だか分かるかな?」  怪しげな山脈を指さして尋ねる。  姉弟子はモニター越しに山脈を確認してるのか、頬杖を付きながら答える。 『ああ、これか。綺麗だよね。地球では見ない色あいの景色だもん。  実はトオル君をそっちの世界に送った理由の一つがこれなんだよ。その現象は今や星中で確認され始めているらしくて、そっちの惑星管理者も原因が突き止められないみたいなんだ。まぁ十中八九、惑星外からの持ち込みだよね』  よくあることのように話す姉弟子。  あんなでかい自然現象を持ち込むとかどう考えても無理である。 『初めはうちらの太陽系を管理してる連中が調べてたんだけど、それを何故か内の師匠がぶん取ったらしいよ。弟子の修行に丁度いいとか何とか言って。ウケるよね。  とりあえず川の方に行ってみようよ』  何がウケるのか分からないが、どうやら姉弟子も詳しい所までは分からないらしい。  しかし今の口ぶりだと少し疑問が生じる。河原に向かいながら、姉弟子に尋ねる。 「姉弟子はこの紫の雪の情報を多少知ってたみたいだな。考えてみれば俺の体を作ったってことは、ある程度この星の情報を知ってなきゃ出来ないもんな。もしかして俺の知ることのできる情報って、ある程度制限されてるのか?」  そう聞くと、姉弟子は嬉しそうに頷いた。 『流石に分かちゃうか。その通りだよ。  ちなみに、君の記憶がその体に転送されてない理由も、その辺に関係があったりするんだ。君が情報制限を受けてる理由は主に二つあるんだけど、聞いとくかい? 今の君じゃモチベーション下がるかもしれないけど』  彼女は試すように言う。多分この星での仕事に関係のないことだから、余計な情報は知らない方が良いとでも思っているのだろう。  だが俺は気になると眠れないので、大きく頷くことにした。 『一つはこの案件自体が高度な情報制限を設けられた仕事だからだね。管理者権限の低い人間は情報に触れることすら許されていない。君が関わることができるのは師匠の絶大な権力のおかげだね。  私の場合、権限ではそっちの惑星の地図情報とか文明の発展度合いくらいは最初から調べることができる。一応、実地調査を行う君になら状況に応じて必要な情報を知らせてもいいって権限もあるんだけど、そこはやり過ぎないように師匠に止められてる。修行にならないから駄目だってね』  事も無げに話す姉弟子。  管理者権限って何だろう。凄い宇宙人や神様みたいな存在でもいるのだろうか。 『もう一つは君が地球で得た——師匠や私達に出会うことによって得た知識を全て封じるためだね。これはさっきも言ったとおり、君の本来の性格や対応能力を見ることで今後どう育てていくか師匠が検討するためなんだけど、本当はもう一つ理由がある。  君は既に余計なことを|知り過ぎてる《・・・・・・》。あのまま地球いても君は色んなことに意識が割かれて修行に身が入らない状態だった。  まぁ何れにせよ急がば回れという話になり、君は太陽系外への無念の出向と相成ったわけだ』 「なるほど、太陽系外への無念の出向ね……多分地球上で俺より酷い出向命令をされた人間はいないんだろうな」 「復讐の倍返しとかしちゃう?」 「お師匠さんって人に会った記憶がなくても、それが不可能なことくらい今までの会話で分かるよ……」  色々と他に突っ込みたい話があったのだが、質問する前に件の河原に到着してしまった。安全確認は先にしておいた方が良さそうなので、紫の川に集中することにする。  川の水はやはり透き通った紫色だ。綺麗と言えば確かに綺麗だが、川沿いの植物や土が見事に真っ黒に染まっている。植物は硬化して宝石のようになっており、風に揺れることなく置物のようになっている。 「うわぁ、近づくとヤバさが分かるな。しかもこの甘い匂いって、明らかに水のせいじゃん。どうなってんだ?」  剣で植物を突付くと、コンコン音がする。  姉弟子は別の方向を見ながら中空で何かを操作している。見えないタブレットだろうか。多分向こうでモニターを見ているのだろう。  しばらくすると、こちらを見て思案げに言った。 『見たまんま結晶化が起こってるわね。川の中では固まらないけど細胞内に入った瞬間結晶化して、生命を石にするように|作られてる《・・・・・・》。これ生体ナノマシンだわ』 「生体ナノマシン……」  当然地球では完成していない技術だ。0.001mmという生き物の内部ですら活動し得る、とてつもない小ささの生きた機械。いや、生きてるのだから機械じゃないのか。意図的に作り出した腸内細菌みたいなものかもしれない。 『う~ん、登録されてないね。やっぱこっちにある機材だけじゃ種類を特定できないかぁ。女王種の変異体の可能性もあるかもだし、|地上監査会《ニーズヘッグ》に機材を使わせてもらいたいとこだけど、そうすると|ROUND9《ラウンドナイン》にバレちゃうよね~。どうしよう。女王種だとなったら師匠が絶対黙ってないだろうから地底が荒れるかも…』  何か不穏なことを言っている姉弟子。半分以上何言ってるか分からなかったが、ナノマシンの特定ができなかったことだけは分かる。 「姉御、分かるように話してくれないか? よく分からない単語が聞こえたんだが……」 「いーの、いーの。こっちの話だから。  それよりその水触ったり飲んだりしたら駄目よ? 君の体にも生体ナノマシン入ってるから、最悪体の中で喧嘩になった末、酷く苦しみ抜いて死ぬ」 「ちょ、ちょっとっ! あまり怖いこと言わないでくれ。つーか今しれっと、俺の体にも入ってるって言ってたけど、大丈夫なのか!?」 「大丈夫に決まってるでしょ。さっきあんたの体を作るために使ったって言ったでしょ? かなり高い再生能力を持った高額なの使ってるから、腕一本くらいなら六時間で生えてくるわよ」  腕が六時間で生えてくる。何を言ってるんだ、この姉弟子は。  いや、つかそうなると不老不死の技術とか実現してるんじゃないのか? 「言っとくけどあまり血とか流しすぎないでね? 血はすぐ止まるようになってるけど、流し続ければ再生能力だって落ちるし、回復には沢山の栄養が必要になるから万能じゃないのよ。ナノマシン自体にも栄養を合成したり、自己の数を一定まで増やす機能は付いてるけど、限界はあるんだからね」 「ああ、何だかとんでもないことに巻き込まれてる感が凄いけど、了解したよ。それで――この後俺はどうしたら良い?」  とりあえず今は確証の持てない姉弟子のトンデモ話は置いとくことにする。それよりも急務なのは今この状況で生き残ることだ。そろそろ動かないと日暮れまでに何も行動できなくなってしまう。 『どうって、好きにすると良いよ? 一度川は見たからとりあえずはやってもらうことは当分ないし。普通に安全な場所の確保とかご飯とトイレの用意とかすればいいじゃん』  清々しいまでに他人事と言わんばかりの意見が返ってきた。検証や雑談に時間を使ったのだから、少しは助けてほしい。 『ああ、そうだ。私が見てるうちにマッピングアプリの使い方にもっと慣れとくと良いかもね。あれを使えば周囲の安全の確保だけじゃなくて、食べられる植物も鑑定できるし、オススメの料理法まで出てくるって話だよ?』  それは素晴らしい情報だ。素晴らしい情報ではあるが―― 「姉弟子、私が見てるうちにってのはどういう意味なんだ? まさか俺を一人にするつもりじゃないよな?」  少しビビりながらそう聞くと、姉弟子は笑いながら答えた。 『こっちだって君に付きっきりってわけにはいかないからね。ちょくちょく連絡は取る予定だけど、ずっと窓口には立てないよ。他にも仕事あるし、準備もある。マッピングアプリがあるんだから、それほど困らない筈だよ。まぁ、君が寂しいなら今日はもう少しだけはこうして話し相手にはなるけどね』 「姉弟子……」  意外と姉弟子は優しいのかもしれない。少し感動していると、姉弟子の後ろの方から野太い男の声で「おい、師匠がお土産買ってきてくれたぞ、みたらし団子だ」と聞こえてきた。姉弟子は「お、団子かっ! 私も食べるぞ」と言って画面からいなくなり、しばらくすると空中に浮いていたパネルも消えた。 「…………」  一人残された俺は二、三回適当に剣を振り、何もなかったかのような感じで寂しさを紛らわせながら、紫の川を後にした。  
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【  】
第一章 §1-01

   

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